専門家・トレーナーの視点

現場のトレーナーがVBTを導入する理由としてよく挙げるのは、「選手の説明を待たずに、状態の変化に気づける」という点です。 選手本人は「今日はいつも通り」と言っていても、速度データを見ると明らかに低下している、というケースは珍しくありません。 主観的な申告に頼らず、客観的な数値で疲労やコンディションの変化を捉えられることが、VBTの大きな価値です。

ただし、数値だけを絶対視するのではなく、「なぜこの数値になっているのか」を選手と一緒に考える対話の材料として使うこと。 これが、VBTを単なる測定ツールで終わらせず、選手の成長につなげるための現場での使い方です。

もう一つ現場で重視されているのは、選手自身にデータを見せることです。 速度が落ちている事実を数値として本人が確認することで、「疲れているから今日は無理をしない」という判断を、 選手自身が納得して下せるようになります。指導者から一方的に「今日は控えろ」と言われるより、 自分のデータを見て自分で判断する方が、選手の主体性にもつながります。

なぜ、速度を見るのか

最大筋力が同じ選手でも、力の出し方のタイプは違います。 重さ(kg)だけを見ていると、この違いは見えてきません。

同じ重量を速く挙げられる → スピード型
重くなると急に遅くなる → 最大筋力型
軽い重量でもスピードが出ない → 両方に課題

疲労で、何が見えるか

さらに、疲労でどれだけ速度が落ちるかを見れば、その日のコンディションも分かります。 重さだけを追いかけていては気づけない、選手の状態の変化がここに表れます。

指標測定方法見方
RSIジャンプ高 ÷ 接地時間短時間で大きな力を出す能力。ジャンプ高とセットで見る
RSI modifiedCMJジャンプ高 ÷ 踏切までの時間CMJでの素早い力発揮。下肢パワーと動作戦略の両方を確認
ジャンプ高SJ、CMJ下肢パワーのベース。SJとCMJの差で反動動作の使い方も確認
接地時間ジャンプ、バウンド、ホップ反応の速さと力発揮の効率。競技動作に近い条件で評価
速度低下率セット内の速度低下疲労、出力維持、セット終了基準に使う

速度を見ることで初めて、
その選手に何が必要かが見えてくる。

導入する際、気をつけたいこと

VBTを現場に取り入れる際、最初につまずきやすいのが「毎回のセットで速度を追いすぎてしまう」ことです。 速度データは非常に分かりやすい数値である分、選手が数値そのものにとらわれ、 フォームを崩してでも速度を出そうとしてしまうケースがあります。

速度は、あくまでフォームが崩れていない前提での指標です。まずは正しいフォームを土台として確立し、 その上で速度を追う、という順番を崩さないことが大切です。 また、デバイスの設置位置や測定条件が毎回異なると、数値の比較自体が意味を持たなくなります。 同じ条件で継続的に測ることが、VBTを正しく活用するための前提になります。

測定のタイミングも一定にすることが望ましいです。朝一番の測定と、練習の疲労が蓄積した後の測定では、 同じ選手・同じ重量でも数値が大きく変わります。「いつ測ったか」を記録に残しておくことで、 単純な数値の比較だけでなく、疲労状態を踏まえた解釈ができるようになります。

目的別・負荷と速度の目安

VBTは種目、フォーム、測定機器、選手のタイプによって数値が変わります。 以下は、トレーニングの方向性を決めるための目安です。

目的負荷目安速度の見方処方の考え方
筋肥大60〜75%1RM中速フォーム、総量、対象部位への刺激を優先
最大筋力80〜95%1RM低速高重量を安全に扱えるフォームと出力を優先
パワー30〜60%1RM高速速度を落としすぎず、爆発的に挙上できる範囲を使う
スピード20〜40%1RM最高速軽い負荷で意図的に速く動かす能力を確認
疲労管理種目ごとに設定速度低下率10〜20%目安出力の落ち幅を見てセット数・本数を調整

※数値は目安です。選手の競技レベル、フォーム、測定機器によって実際の運用は調整します。

方向性を決めるための、物差し

最大筋力を上げるべきか、スピードを磨くべきか、両方を組み立て直すべきか。 VBTは、その判断のための物差しです。

デバイスが無くても、始められること

専用のVBTデバイスは決して安価ではなく、すべての現場に導入できるわけではありません。 しかし、デバイスがなくても「速度を意識したトレーニング」自体は始められます。

たとえば、同じ重量のセットを「限界までゆっくり丁寧に」行う日と、「フォームを保てる範囲で最大限速く」行う日を分けてみる。 あるいは、動画でバーベルの軌道を撮影し、目視で速度の変化を比較する。 こうした簡易的な工夫でも、選手がどちらのタイプに近いかを掴む手がかりになります。

スマートフォンのスローモーション撮影機能を使えば、1秒間に何コマ撮影されているかから、 バーベルが一定距離を移動するのにかかったコマ数を数えることで、簡易的な速度の目安を計算することもできます。 精密なデバイスと比べると誤差はありますが、セット間・日ごとの相対的な変化を追う分には十分に活用できます。

大切なのは、デバイスの有無ではなく、「重さだけでなく、速さも評価軸に入れる」という視点そのものです。 この視点を持つだけで、同じトレーニングメニューでも、選手への声かけや負荷設定の判断が変わってきます。 高価な機材が無くても、稜線 RyosenのAthlete Support Programでは、 こうした視点を踏まえた個別のトレーニング設計を行っています。

よくある疑問:「重量を上げれば、それでいいのでは」

VBTを導入したばかりの現場でよく聞かれるのが、「結局、重量を上げていけばいいのではないか」という疑問です。 たしかに最大筋力そのものは、多くの競技で土台になる能力です。しかし、野球のように瞬間的な出力が求められる競技では、 「重い重量を挙げられる力」と「軽い重量を素早く動かす力」は、必ずしも比例しません。

たとえばベンチプレスの1RMが同じ2人の選手でも、60%1RMでの挙上速度に大きな差が出ることがあります。 この差が、投球や打撃での出力の差として現れているケースは少なくありません。 重量だけを追いかけていては、この差に気づくことすらできません。

現場での具体例

ある野手のケースでは、スクワットの1RMは平均的な数値でしたが、60%1RMでの速度がかなり遅く、 速度低下率も大きい傾向が見られました。これは「最大筋力はあるが、それを素早く発揮する能力に課題がある」 タイプと判断できます。

この場合、重量を追加するトレーニングよりも、軽めの負荷で意図的に速く動かすスピード局面のトレーニングを増やす処方に切り替えました。 数週間後の再測定で、同じ60%1RMでの速度が向上し、本人の打球速度にも変化が見られました。 「筋力を上げる」ことと「筋力を活かす」ことは、別のトレーニングが必要になる場合がある、という一例です。

別の投手のケースでは、逆に軽い負荷での速度は十分に速いものの、重量が上がるにつれて急激に速度が落ちる、 典型的な最大筋力不足のパターンが見られました。この選手には、スピード局面のトレーニングではなく、 高重量・低速でのトレーニングを重点的に処方しました。同じ「球速を上げたい」という目標でも、 VBTのデータによってまったく逆の処方になった例です。

この記事を、どう活用するか

VBTデバイスがない環境でも、この記事の考え方は活用できます。同じ重量を、 「できるだけ速く挙げる意識」と「丁寧にコントロールする意識」の両方で行い、体感の違いを比べてみてください。 明らかに速く感じる場合はスピード型、重さそのものがきつく感じる場合は最大筋力型の傾向がある、という目安になります。

正確な数値がなくても、「今の自分がどちらのタイプに近いか」を知ることが、トレーニングの方向性を考える第一歩になります。

年代によって、見るべきバランスは変わる

成長期の選手にVBTを導入する場合は、大人の選手とは異なる視点が必要です。 骨格や関節がまだ発達段階にある成長期では、高重量を追い求めるトレーニングよりも、 正しいフォームで、適切な速度で動かす感覚を養うことの方が優先されます。

一方、大学生・社会人・プロと競技レベルが上がるにつれて、最大筋力とスピードの両方を高い水準で兼ね備える必要が出てきます。 VBTのデータは、「今のこの選手に、どちらの要素がより必要か」を年代・競技レベルに応じて判断するための材料としても機能します。