専門家・トレーナーの視点

現場でトレーニング指導にあたるトレーナーの多くが口を揃えるのは、「数値を見るだけでは選手は良くならない」という実感です。 測定して終わりにする現場と、測定を出発点として活用する現場では、選手の成長曲線がまったく違ってきます。 高い数値を持つ選手が必ずしも活躍するわけではなく、逆に平均的な数値の選手が、 数値の使い方次第で大きく伸びていくケースを、現場では数多く目にします。

大切なのは、測定した数値を「その選手の物語の1ページ」として捉えることです。 前回の測定からどう変わったか、どんな取り組みがどんな変化を生んだか。この積み重ねこそが、 選手自身の納得感と、トレーニングへの主体的な取り組みにつながります。

数字だけでは、パフォーマンスは上がらない

野球は、道具を扱うスポーツです。
筋量が多い、最大筋力が高い、ジャンプ力がある。
どれも重要な能力ですが、それだけで競技動作につながるとは限りません。

高校・大学・社会人・プロの現場を見てきて感じるのは、 数値は高いのに競技に活きない選手が少なくないということです。

測定はトレーニングの入口であって、
目的ではない。

測定からトレーニング処方までの流れ

測定項目を並べ、数値を出して終わってしまっては、選手のパフォーマンスは変わりません。 大切なのは、そこから先の流れです。稜線 Ryosenが大切にしているのは、 次の7段階のサイクルです。

順番項目確認内容処方へのつなげ方
01目的確認競技目標、現在の課題、既往歴、シーズン時期、本人の理解度測定項目の優先順位を決める
02体組成測定体重、除脂肪量、骨格筋量、部位別筋量、体脂肪率筋肥大が必要か、体重調整が必要かを判断
03最大筋力評価スクワット、デッドリフト、ベンチプレス、懸垂支える力・押す力・引く力の不足を判断
04パワー評価SJ、CMJ、立ち幅跳び、MBスロー、クリーン、スナッチ筋力を素早く発揮できているかを判断
05VBT評価バーベル速度、速度低下率、負荷と速度の関係重さを上げるか、速度を上げるかを判断
06回旋分析シャフト速度、胸椎回旋、骨盤回旋のタイミング競技動作への転移を妨げる要因を探す
07処方と再測定ベーシック種目とオーダーメイド種目を分けて処方一定期間後に再測定し、変化を確認

※この流れは一度きりで終わらせず、処方→再測定を繰り返すサイクルとして運用します。

全選手に共通して見るべき土台の項目がある一方で、投手、野手、パワーヒッター、リハビリ明けの選手、 成長期の選手では、見るべき項目も変わってきます。ベーシックな評価と、選手一人ひとりに合わせたオーダーメイドの評価を分けること。 それが、数字を実際のプレーにつなげるための第一歩です。

現場の視点:再測定は、いつ行うべきか

測定を始めたばかりの現場でよく聞かれるのが、「再測定はどのくらいの間隔で行えばいいのか」という質問です。 これは項目によって適切な頻度が異なります。

体組成やパワー系の数値は、トレーニングを継続していても変化が現れるまでに数週間かかることが多く、 4〜6週間程度の間隔が一つの目安になります。一方でVBTのように日々のコンディションを反映する指標は、 毎回の練習前後で確認しても意味があります。再測定の頻度を項目ごとに使い分けることで、 「変化が出ていないのに何度も測って選手を疲れさせる」という事態も避けられます。

目安としての基準表

以下は、身体づくりの方向性を考えるための目安です。年齢、競技レベル、ポジション、既往歴、シーズン時期によって、 実際の数値は個別に補正が必要です。あくまで「今の自分がどのあたりにいるか」を知るための参考としてご覧ください。

身長別・体重と除脂肪量の目安
身長標準目標体重標準除脂肪量トップ層目安トップ層除脂肪量
165cm65kg57.2kg70kg63.0kg
170cm70kg61.6kg75kg67.5kg
175cm75kg66.0kg80kg72.0kg
180cm80kg70.4kg85kg76.5kg
185cm85kg74.8kg90kg81.0kg
190cm90kg79.2kg95kg85.5kg
195cm95kg83.6kg100kg90.0kg

※標準目標は体脂肪率12%、トップ層目安は体脂肪率10%を想定した参考値です。ポジションや競技特性によって補正します。

種目別・最大筋力の基準(目標体重に対する倍率)
種目高校生大学生プロ水準トップ水準
スクワット 1RM×1.5×1.8×2.2×2.5以上
デッドリフト×1.4×1.7×2.0×2.2以上
ベンチプレス×0.9×1.1×1.3×1.5以上
懸垂自重5回自重10回+10kgで5回+20kgで5回

※目標体重は「身長−100」を基準とした参考値です。実際の処方は個別の測定結果をもとに調整します。

パワー系テストの基準
種目高校生大学生プロ水準トップ水準
スクワットジャンプ35cm40cm45cm50cm以上
CMJ45cm55cm60cm70cm以上
立ち幅跳び240cm260cm280cm300cm以上
立ち三段跳び7.2m7.8m8.4m9.0m以上
パワークリーン×0.8×1.0×1.2×1.4

※パワークリーンは目標体重に対する倍率。ジャンプ・跳躍系は実測値の参考レンジです。SJとCMJの差から、反動動作の使い方も確認できます。

こうした基準表は、あくまで方向性を考えるための目安です。同じ「高校生」でも、成長期のどの段階にいるか、 競技歴、既往歴によって、実際に見るべき数値の優先順位は変わってきます。

測定はゴールではなく、
選手の可能性を引き出すための最初の地図です。

よくある疑問:「毎回全部測るべきか」

測定の話をすると、「毎回すべての項目を測るべきなのか」という疑問がよく出ます。答えはNoです。 目的確認の段階で、その時期・その選手に何が必要かを絞り込み、優先順位の高い項目から測定するのが実際の運用です。

たとえばシーズン開幕前であれば、体組成・最大筋力・パワーの土台を重点的に確認します。 シーズン中であれば、疲労やコンディションの変化を追う目的で、VBTや簡易的なジャンプ測定に絞るケースが多くなります。 「毎回フルセットで測る」のではなく、「今、何を知る必要があるか」から逆算して項目を選ぶことが、 測定を継続可能な仕組みにするコツです。

現場での具体例

ある高校生投手のケースを例に考えます。体組成測定では標準的な数値が出ていたものの、 最大筋力評価でスクワットの左右差が大きく、パワー評価ではCMJとSJの差がほとんどないという結果が出ました。 CMJとSJの差が小さいということは、反動を使った瞬発的な出力がうまく引き出せていない可能性を示します。

この結果から、下半身の筋力そのものよりも、力を素早く発揮する神経系のトレーニングと、 左右差を整える動作改善を優先する処方に切り替えました。数週間後の再測定で、CMJの数値に改善が見られ、 本人の実感としても「下半身から力が伝わる感覚が変わった」という声がありました。 数値の変化と、選手本人の感覚。両方が揃って初めて、処方が正しかったと判断できます。

よくある疑問:「測定機器が無くても意味があるか」

InBodyやVBTデバイスのような専用機器が無い環境でも、測定という考え方自体は取り入れられます。 体重計と巻き尺だけでも、体重・除脂肪量の推移(体組成計付きのものであれば)は追えますし、 懸垂の回数、立ち幅跳びの距離といった、特別な機材が無くてもできる測定は数多くあります。

重要なのは、機器の有無ではなく「同じ条件で、継続的に記録する」という姿勢です。 毎回同じ時間帯、同じ状態(食後か空腹時かなど)で測ることで、機材が簡易的でも、変化の傾向は十分に読み取れます。 稜線 RyosenのAthlete Support Programでは、 環境に応じて使える測定方法を選びながら、この「測る→比べる→原因を探す→処方する→再測定する」という流れを大切にしています。

この記事を、どう活用するか

この記事の基準表は、まず「自分が今どのあたりにいるか」を大まかに把握するために使ってください。 極端に外れた数値がある場合、それが伸びしろなのか、フォームの課題なのか、それとも測定条件の違いによる誤差なのかを、 トレーナーや指導者と一緒に確認することが次のステップになります。

数値だけを見て一喜一憂するのではなく、「なぜこの数値になっているのか」まで掘り下げること。 それが、測定を実際のパフォーマンス向上につなげるための、最も重要な姿勢です。